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障害者への「合理的配慮」が4月1日から義務化。飲食店の大手・中小に聞く現場での対応

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大手居酒屋チェーンの対策

飲食店ドットコムジャーナルでは複数の企業に文書による回答を求めたが、実際に回答していただけたのは2社にすぎなかった。現場での合理的配慮の線引きが難しい上、センシティブな内容も含むため回答しにくい事情があったのかもしれない。

その中で『白木屋』『魚民』『笑笑』など多数のブランドを運営する株式会社モンテローザ(本社・東京都杉並区、代表取締役会長兼社長。大神輝博)が回答を寄せてくれた。

Q1:障害者差別解消法が2013年に施行された後、同8条2項に定められた合理的配慮の努力義務に対して、どのような対応をされたでしょうか

A1:法や条例の概要や、差別的扱い・合理的配慮の具体例を店舗従業員マニュアルに記載し、また、店舗責任者の研修時に解説するなどして理解を深めました。具体的には、盲導犬と一緒の入店を拒否しないことや、障害者の方からのご予約を断らないことなどを指導し、入店時やトイレ利用時に補助が必要な場合、可能な範囲で補助することを指導しました。例えば、補助犬同伴での食事の予約があった時には可能な範囲で足元の広い席を案内するなどです。

Q2:今年4月1日から改正法が施行になり、合理的配慮が義務化されるのに際し、それまでの対応に加えてどのような対応を検討されていますでしょうか

A2:現時点で強化項目に関して具体的に決定した内容はありませんが、今後検討します。

Q3:今回の新たな対応をするにあたり、苦労された点、あるいは実施、実現することが困難であった点がございましたら、その点をご教示ください

A3:今後対応を検討するうえで、店舗での十分な人員配置が必要になることが想定される点です。

Q4:過去に障害をもったお客様に対しての対応で、お叱りをいただいた、あるいは感謝を述べられたことがございましたらお教えください

A4:飲食中の障害者の方の補助が難しいことを理由に予約をお断りし、また、店舗の衛生面への配慮を優先し、盲導犬をお連れの目の不自由な方の入店をお断りしたことがあります。逆にエレベーターのない建物上階の従業員が車椅子のお客様を店内まで介助し、お褒めの言葉をいただいたことがありました。

Q5:事業者の合理的配慮の義務化により、どの程度のコストがかかるとお考えでしょうか

A5:具体的な金額は分かりませんが、十分な人員配置のために必要な人件費の増加が見込まれます。

Q6:事業者の合理的配慮の義務化につき、企業の社会的使命、あるいは社会で果たすべき責任の重さについて、どのようにお考えでしょうか

A6:飲食店は店舗をご利用になるお客様に喜んでいただけるサービスを提供することが使命であり、分け隔てなく、より多くのお客様にご満足いただけるおいしい料理を提供する責任があると考えています。

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中小の飲食企業にも義務化の影響

株式会社モンテローザでは2013年の法制定当時から合理的配慮の提供に心がけていたことはQ1に対する回答(A1)からもうかがえる。従業員への研修として同法への対応を取り入れ、意識改革からスタートして努力義務を果たしてきたことは容易に想像がつく。もちろんその間、A4で示したように対応を断る場合もあったが、それが合理的配慮の範囲内かどうかは一つひとつの状況が異なるため、一義的に適否を語ることはできない。

ただ、今後は努力義務から義務化されるため、その対応も高度なものが求められる。そのための人件費増は覚悟しなければならず(A3、A5)、改正法の施行が経営に何らかの影響を及ぼす可能性を意識していることがわかる。それでも改正法への対応を追求するのは、分け隔てのない顧客へのサービス提供という飲食事業者としての使命感に他ならない(A6)。

こうした動きは、中小の事業者も同様である。レモンを凍結させて氷の代わりにするユニークな「最強レモンサワー」で人気の『素揚げや』(東京都江戸川区小岩)は本館・別館の2店舗のみの小規模事業者であるが、オーナーの宮崎明氏は改正法の施行は意識の中にある。

「実は常連さんに目の不自由な方がいらっしゃいまして、その方がいらした際には介添え、介助し、メニューも読み上げています。お箸を一緒に持ってあげるとか、出された料理を『これはこういう感じです』『このお皿にはこういうものを載せています』などの説明もします。車椅子の方にも、スロープの移動を手伝い、椅子をどかして席につけるようにしていました」(Q1に対する回答)

『素揚げや』のオーナー・宮崎明氏

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こうしたサービスは法的観点からすれば「合理的配慮の提供の努力義務が果たされていた」ということになるのであろう。もっとも、宮崎氏は「障害者差別解消法があるから提供したのではありません。通常のお客様に対するサービスと考えて私も従業員も行ってきました。キャパが小さいことで、きめ細かなサービスができますので。結果、合理的配慮の提供がなされたという法的評価になるということではないでしょうか」と言う。

法改正前から『素揚げや』では合理的配慮の提供を実施していたため、それが義務化されても基本的に状況が変わることはないというのが同氏の考え。ただし、法改正を前に店舗内にあるスロープに手すり設置という施設の改善を行なった。下半身(の一部)が不自由な人が歩く際に危険がないように施設の改善という形で新たな合理的配慮の提供を行うことにしたのである。

「大家さんと話して、義務化の前に手すりを設置しました。10万円程度の工賃がかかりましたが、それは大家さんに負担していただけました」(Q3、Q5に対する回答)。

店舗前に設置したスロープ

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機会の不平等をなくすきっかけに

最後に事業者としての社会的使命について聞く(Q6)と、宮崎氏は以下のように答えた。

「社会的使命や合理的配慮などと難しく考えるより、全てのお客様に楽しんでいただきたいと思ってサービスの提供をしてきたというのが正直なところです。我々としては4月1日以降も今まで通りきめ細かなサービスをして、楽しんでいただきましょうという考えでいます。もちろん、法改正によって合理的配慮が義務化されること自体は機会の不平等をなくすという観点から、社会的意義は大きいと感じます」

多文化共生がしきりに叫ばれる昨今、障害を持つ方との共生も社会の大きなテーマである。そうした中での法改正に居酒屋業界において真剣に取り組む企業や人の存在があることは頼もしい限りである。

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松田 隆

ライター: 松田 隆

青山学院大学大学院法務研究科卒業。ジャーナリスト。スポーツ新聞社に29年余在籍後にフリーランスに。「GPS捜査に関する最高裁大法廷判決の影響」、「台東区のハラール認証取得支援と政教分離問題」等(弁護士ドットコム)のほか、月刊『Voice』(PHP研究所)など雑誌媒体でも執筆。ニュース&オピニオンサイト「令和電子瓦版」を主宰:https://reiwa-kawaraban.com/