あえてのコップ酒で坪月商30万円! 永福町『日常酒飯人』が紡ぐ、酒場×ナチュラルワインの興
「ナチュラルワイン酒場」に秘められた、緻密な戦略と古屋氏のアイデンティティ
「ナチュラルワイン×酒場が、もっとも自分の力を発揮できるかたちだった」
そう語る古屋氏の言葉を象徴するのが、名物「酒場的グラスワイン」だろう。「ナチュラルワインをもっと気軽に飲んでほしい」と、表面張力がはたらくほどまでコップいっぱいに注がれたその様子はまるで日本酒の“もっきり”のよう。
「ワイングラスと比べて香りは広がりませんが、直線的に口の中に入ってくるので、旨味や味わいをダイレクトに感じることができます。酒場っぽさが演出できるだけではなく、身体にスッと馴染むようなナチュラルワインならではのおいしさも楽しめる飲み方です」
ユニークなのは器だけではない。ワインスタンドを謳いながらも、グラスワインはあえて「赤」か「白」かの選択肢のみなのだ。ブドウの品種や味わいなどの説明も事前にすることはなく、むしろクリアボトルに入れ替えて提供することでエチケットすら提示しないという徹底ぶり。そこには、オペレーション面での工夫と、他店との差別化という確かな意図があった。
ワンオペ営業のため、お客一人ひとりに数種類のワインを提案し、説明し、選んでもらう時間を削るという理由が前者。そして後者は、その手法を採った途端、他のワインバルやレストランと同じ土俵に上がってしまうためだという。
「他店と同じ提供方法だと、手数もワインの品揃えも限られるうちのような店に勝ち目はありません。だから、同じナチュラルワインをメインにする上で、まったく違う楽しみ方の判断軸をつくらなければと思いました。ただもちろん、1本1本リスペクトを持って提供していますし、味も生産者もこだわりも、聞かれれば喜んでお伝えしています」
さらに、ナチュラルワインに「大衆酒場」の要素をかけ合わせることで、自身が描く飲食店のあり方が表現できたと古屋氏は話す。おいしい酒や料理、そしてそこでしか会えない人とのつながりを求めて、夜な夜な様々な人が集まりコミュニケーションが生まれる「酒場」。それは、職場とも自宅とも違う日常の中のもう一つの拠りどころであり、そんな店を自身の手でつくりたかったというのだ。
まさに「日常」の「酒・飯・人」。『日常酒飯人』というユーモアあふれる店名には、古屋氏が思い描く店の姿そのものが表れている。
親しみある酒場料理を、独創的なワインのアテにアレンジ
そんな古屋氏の考えは、料理にも確かに宿っている。酒場らしくズラリと張り出された紅白の短冊に並ぶのは、家庭や居酒屋で聞きなじみのあるメニューばかり。だが、いざ目の前に出てくると、見た目や味には思いがけないギャップがある。これが、『日常酒飯人』が料理で仕掛ける戦略だ。培ってきたイタリアンをベースに、和・洋・中・エスニックなど様々な要素を取り入れ、「ワインと一緒に味わうことで完成する」、レストランにも負けない味づくりを目指す。
つなぎ役として活躍するのは、ハーブやスパイス。たとえばイチオシの「手作り焼売」は、肉ダネに八角やシナモンを混ぜ込み、黒酢とホワイトバルサミコ酢で作った特製ダレで仕上げる。本来は中華料理でありながら、エキゾチックな香りとバルサミコの果実味が加わることで、中東料理を思わせる味わいに変化し、これがまあ赤ワインの進むこと。
「いかに日常に馴染めるかを意識している」と古屋氏。親しみある料理でオーダーへのハードルを下げつつ、蓋を開けてみればここでしか出合えない初めての味が待っている、という小さな刺激も、この店が一度訪れた客を離さない理由の一つといえそうだ。
