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池尻大橋『ザ・銀皿』が織りなす「感性」の法則。目指したのは「常識破りのネクラな店」

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通常メニューは「赤いウインナー」、「ポテトサラダ」、「セイロンライス」の3種。その他、「棚からひとつかみ」と称した日替わりメニューが並ぶ

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独創的な世界観の源は、現在の飲食業界に対するアンチテーゼ

調理師専門学校を卒業後、飲食業界で12年。レストランや喫茶店、バーなど、さまざまな業態を経験した小田島氏は、ずっと業界に対する違和感を抱えてきたという。

「僕から見れば、飲食業界の皆さんって真面目すぎます。師弟関係が前提にあるからか、先例やトレンドを踏襲する傾向にありますし、職人気質でこだわり抜いた末に、周りが見えなくなってしまうこともある。そんな様子を見ていると、”それはお客さまが求めている店なのかな?“って思うんですよね」

例えば最近流行りのオープンキッチン。ライブ感のある演出は楽しいが、裏返せばすべて見られてしまうというデメリットもある。スーパーで買える特価の市販調味料をそのまま置いていたり、調理器具が散乱したりする様子は、客の印象を悪くしかねない。その点、同店のキッチンを見れば、モノが極限まで少なく理路整然としている。食器が統一されていることもあってか、ミニマリストの生活感のなさを連想させる。

また、一般的に飲食店の公式インスタグラムでは、おすすめの料理や酒を紹介することが多いが、同店では解説は一切しない。その代わり、料理や店内の様子を切り取った写真に、小田島氏の短いエッセイが添えられている。

「解説投稿は、お客さまが聞きたいというより、中の人が聞いてほしくてやっていることだと思うんです。だから僕は、なるべく料理から脱線するように意識しています。そのほうが僕の思想に近い人が楽しんでくれるかなって」。実際にインスタグラムをきっかけに来店する客は、店との相性がよく、リピーターになる割合も高いそう。

さらに、飲食業態の新しい潮流といえば、これまではタブーとされてきたタトゥーやピアス、ネイルをした若くておしゃれなスタッフが、気さくな接客で大衆料理を提供するスタイルだろう。それに対して小田島氏は「僕のキャラではないので、真似しようにもできないですね。そうしたポップな店の対局をなすような、ネクラな店づくりをしています」と笑う。

日替わりメニューを「棚からひとつかみ」と呼ぶのは、山下達郎のラジオ番組にならって。そのほか、京成立石の名店『宇ち多゛』をオマージュした「宇ち多゛風大根の浅漬け」といったユニークなネーミングなど、わかる人だけがクスッと笑える小ネタを散りばめている。「多くを語らず、静かにボケて、ひとりでニヤニヤしているだけです。たまにわかってくれる人がいたらうれしいなって」。

小田島氏の言葉を聞くほどに、独特なキャラクターとは裏腹に、深い他者分析と顧客理解があるとわかる。業界への違和感を反面教師にした同店の店づくり。小田島氏はこれを老舗のサウナ施設になぞらえて、「卓越した1点がなくても、欠点がない店が、いい店なのではないか」と考察する。欠点を潰した嫌味のない店づくりがベースにあるからこそ、店主の人柄という個性がより光って見えるのだろう。

立ち飲み用簡易テーブルは、移動や増設もできるためフレキシブルに対応可能。夏の夜風を楽しめるテラスも人気。営業時間の夜はムーディーな雰囲気に一変

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店舗デザインは「引き算の法則」で個性が際立つ

極端に無機質な店舗デザインも、小田島氏の思想や個性を引き立てるのに一役買っている。こだわりを聞くと、「ひとりで回せること」と「お金をかけないこと」という、なんとも色気のない答えが返ってきた。

「ここは古い住居のリノベーションです。壁をつくるには予算がかかったので、コストの問題で全面コンクリート打ちっぱなしにしました。カウンターは合板に木目調シートで仕上げたので、こちらも低コストです。世間では無垢の一枚板カウンターがもてはやされていますが、銀皿との相性はこっちのほうがいいんですよ」

カウンターの後方には、瓶ビールの空き箱を積み上げた簡易テーブルを設置し、立ち飲みスペースとして利用できるようにした。

「テーブル席を設置することもできますが、僕一人で回すのは厳しいかなと思って、とりあえず立ち飲みスペースで始めました。お客さまからの評判もいいですし、パイプ椅子を出したりして柔軟に使いやすいので、結果的に気に入っています」

壁を見れば、ミニマルな店内装飾を徹底するためか、キッチン上のエアコンはカバーで隠していた。スッキリしたステンレス製のキッチンとよく馴染む。

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松本ゆりか

ライター: 松本ゆりか

東京でWebマーケターを経験した後、シンガポールへ渡りライフスタイル誌やWebメディア制作に携わる。帰国後、出版社勤務を経てフリーライターに。主に中小規模ビジネスや働き方に関する取材・執筆を担当。私生活ではひとり旅とはしご酒が好きなごきげんな人。