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浅草天才焼きそばニュー小江戸「1か月で潰れる」から間もなく一年。人気YouTuber型破りの挑戦

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真剣な表情で調理する喜島氏

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「応援してあげたい」という仕組み

そもそも喜島氏が焼きそば店を始めたのは「飲食の世界で身を立てていく」といった思いがあったからではない。あえていえば表現者として、自分自身を表現していく手段の1つであった。

「場所先行で『浅草で何か始めたいな』というのがありました。花屋敷の近くでディープな雰囲気の浅草初音小路商店街か日本最古の地下街か、先に空いた方で、空いた物件に合わせて『何かやるぞ』と思っていました。地下街なら焼きそばで決まり、浅草初音小路商店街なら空いた物件によって何をやるかを変えようと思っていました」

浅草初音小路商店街であれば飲食業以外、たとえば物販などをしていた可能性がある。「色々なことをやりたいし、試してみることがすごく好きなんです」という自身の生き様の発露が浅草の地下商店街というロケーションで焼きそば店という形になったというのが本人の説明の趣旨。

そのため、原価や家賃などのコスト計算をしっかりとした上でキャッシュフローを確保し、という多くの飲食店経営者が当たり前に行う計算を緻密に行ったわけではない。高校卒業後、20年以上芸人・YouTuberとして活躍していた者が、全く畑の異なる飲食業で生計を立てていこうと考えたら、まず修業してノウハウを身につけ、開業資金を貯めて、コスト計算をしてという経緯を辿るのが定石。43歳でそれを始めたら50歳までに開業できたらよくやったと言われるレベルであろう。

しかし、自らの表現活動の一種として飲食業をとらえたのであれば、アプローチは異なって当然。浅草チカコもサブスクもグッズ販売とポテサラ無料もそのルートから考察すれば、一定の合理性があることに気付かされる。

「『これって何なんですか?』と聞きたくなる、聞いたら誰かに言いたくなる、お店の中をそういうことだらけにしてあります。たとえばサブスクもそれで利益が出るかということはそれほど問題ではありません。Tシャツもそうです。仕入れが3,300円です。それを3,500円で売ってます。それでポテトサラダ(100円)を毎回出したら、儲かるはずがありません。でも、そうすることで皆さんが『お前は何をしているんだ?』『どういうことなの?』と気にしてくださる。そして、ポテトサラダを貰うためには、サブスクを活かすようにするには『行って応援してあげなきゃ』となるような仕組みがほしかったんです」

紙で貼った「ニュー」も小道具に見えてくる

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店内に施された様々な工夫

聞きたくなり、聞けば言いたくなる仕組みをつくり、来店したら居心地のいい場所でまた来たくなる。このスパイラルを定型化し、多くの人の心の拠り所のような場所になることが喜島氏の狙い。その延長線上に天才やきそば、浅草チカコのネーミングもある。

「『やきそば』と書いていても、皆、目で読むだけです。でも、天才をつけることで『天才やきそば…だって(笑)』となります。また、ただマネキンを置くだけでなく、命名して看板を出せば『浅草チカコ』…だって、バカだね、と声に出してくれます。こういうことがすごく大事だと思っています。目で見て口に出して、それを自分で聞いて、その記憶を積み重ねていく、そうすると誰かに言いたくなるじゃないですか」

工夫は他にもあり、店内に置かれた多くの栓抜きは使いにくいものを選んでいる。ビールの栓が開けられずに苦労する人に、見兼ねた常連客が「こうするんですよ」と教えることで客同士のコミュニケーションが始まる。椅子の数を少なくしているのは、客同士で譲り合いが始まることを期待しているため。こうして他人同士のヨソヨソしい空間の“温度”が上昇していく。他人との間(ま)をどううまく取るか、ツッコミどころを作ることが大事な芸人ならではの発想と言っていい。

客単価1,200円ほどであるが、料理のシェアもできるようにしている。これは浅草には飲食店が多く、観光客は少しでも多くの種類を食べたいと考えるからという。1つの店舗でお腹いっぱいになってしまったら1店舗しか行けなくなる。そうなるよりも「浅草はおいしい店がたくさんある」「浅草は楽しかった」という思いの中に自店舗を加えて記憶してもらえるように、1人が食べる量と単価を減らしているのである。

メニューに書かれた「若いうちの苦労」(500円)も、当然「何ですか、これ?」となる“サービス”。これは我々は一般に「若いうちの苦労は買ってでもしろ」と言われ、その苦労がやがて実るという教訓から考え出された。客に何か苦労になることを提案し、それを遂行してもらうものである。そのようなものを頼む客がいるとは思わないが、「週に2件ぐらい出る」(喜島氏)とのこと。実際に芸人の松田ぴろしさんが来店して面白がって注文し、言われるまま店の前の掃除をして500円払っていったのが最初の客であった。

このような仕掛けが続くと、居抜き物件で店名も前店舗から引き継ぎ、表の看板に取ってつけたような「ニュー」の貼り紙も、浅草の地下街というアンダーグラウンドな雰囲気を醸し出す小道具に見えてくる。

そして一度来た客は浅草開化楼の麺を使用した焼きそばで、「芸人出身の料理の素人がつくる焼きそばだから…」という予想を逆方向に大きく裏切る。そこまでが仕掛け、仕組みと言える。

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松田 隆

ライター: 松田 隆

青山学院大学大学院法務研究科卒業。ジャーナリスト。スポーツ新聞社に29年余在籍後にフリーランスに。「GPS捜査に関する最高裁大法廷判決の影響」、「台東区のハラール認証取得支援と政教分離問題」等(弁護士ドットコム)のほか、月刊『Voice』(PHP研究所)など雑誌媒体でも執筆。ニュース&オピニオンサイト「令和電子瓦版」を主宰:https://reiwa-kawaraban.com/