決定的な2つの短所を解消して売上倍増。『立呑み 浅草 洒落者』の合理的選択
短所克服のためのカウンター内の動き
問題は短所。冒頭で示した通り、下町などに多い従来の立ち飲み居酒屋には、決定的な2つの短所がある。(1)自由すぎることで騒々しく、時に女性が不安を感じるレベルの雰囲気になる、(2)酒のアテ程度のつまみしかない店が多い、ということである。これを解消しない限り、立ち飲みの居酒屋は「酔った高齢男性が集まる騒がしい安居酒屋」というネガティヴなイメージがつきまとうのは覚悟しなければならない。
寺田氏が目指したのは「オシャレな立ち飲み居酒屋」であり、その成功には短所を克服する必要があった。
そこで(1)の対策として採用されたのが、自由の中に節度を求め、徹底して顧客、特に女性を守るというシンプルな手法。座って飲むスタイルでは客が他の人と話すには席を移動するしかないが、立ち飲みだと振り返ったり一歩踏み出したりするだけで他の客とのコンタクトが容易に可能になる。
たまたまお互いに話す仲間を求めていればいいが、一人で飲みたい人、多くの女性、仲間と来た人などは勝手に話かけられることで楽しい時間が台無しになりかねない。それを防ぐことが店舗には求められる。その点、寺田氏は特に女性を守ることをスタッフに求めた。
開店当初は「女性が男性に絡まれるとか、中には女性客が帰るのを店外で待っているといったこともありました」とのこと。そのため、店としても防衛策が必要になり「何かあれば、何があっても店が女性客を守るという意識をスタッフの間で徹底するようにしました。女性に話しかける男性客はいますが、女性が迷惑に感じているようなら、それ以上は喋らせないとか、ある程度、仲良くなっても、こちらで(行き過ぎた)状況(にならないか)を見ているなどです。女性が安心して来られる店にしよう、『この店はいいよ』と女性から女性に紹介してもらえるような店にしようということを意識しています」
自由が売り物の立ち飲みスタイルだが、その自由にも自ずと限界がある。他人の楽しむ自由を侵害する自由など認められるわけがない。そのような行為が認められたらカウンターの中から適切に対応し、時に介入も辞さない。
つまり『洒落者』のビジネスは「客にスペースを与えて『勝手気ままにやってください』」という放任主義ではなく、「最大多数の客が最大の満足を得られる環境を実現するため、自由には責任が伴うという原則に忠実に、その限度で自由を認める、適切に管理された空間を提供するビジネス」と定義できる。極めて抽象化して表現すれば「ウザい人に絡まれずに気分良く飲める店、客を守ってくれる店」ということである。
カウンターにはコロナ対策時に設置したアクリル板が今でも置かれている。これはカウンターで飲む場合、「あなたたちの場所はこの範囲ね」と一定程度枠に嵌める効果があり、ポストコロナの時代でも据え置かれた。これも適切な管理に資するのは言うまでもない。
こうした努力の結果、客層は男女比が6:4と女性の信頼を獲得できている。女性客が多く華やいだ雰囲気になれば、おしゃれな雰囲気が保てる上、自然と男性客も集まる。時代は変わっても、この摂理は変わらない。
本格的な料理とコミュニケーションの達人
立ち飲みというと酒の肴は簡単なアテ程度のつまみ、乾き物などで「酒を飲めればいい」という程度のものが多いという(2)のイメージは、『洒落者』には全く当てはまらない。店長が和食出身ということで料理には手をかけている。
メニューを見ると「蛸の塩ごま油」(500円)、「とろたく韓国海苔添え」(500円)、「あん肝ポン酢」(600円)、「焼五目厚揚げ豆腐」(450円)、「牛バラカルビ」(550円)と、肉、海鮮、野菜、豆腐など満遍なく揃う。「そういうところは差別化したいという思いはありました」という結果が、この食べ応えのあるメニューに現れている。系列店が3店舗あり、食材をまとめて購入する、各店舗で融通しあうことで低価格での提供を可能とした。
こうして(1)、(2)の短所を克服し、①~④のメリットを享受して洒落者は繁盛店となった。
寺田氏は蔵前で30年近く愛され続けるダイニングバー『Bar Blue Juice』のマスターでもあるが、40席ある『Bar Blue Juice』に対して名目上20席(立ち飲み12、テーブル4名×2)の『洒落者』が売上で並ぶ勢いという。
気軽に入れるという利点から0次会で利用する、外で飲み会を終えて「帰ってきたよ」と再入店するなどの利用法があり、また、メニューの豊富さから、しっかりと飲んで食べる人もいる。利用法は様々で、それがまた、多くの客を呼び込むことになっている。
もう1つ忘れてはならないのがカウンターの中の人のパーソナリティ。一人で訪れる客は必然的に店主らと話す機会が増える。当然、店員には人を惹きつける魅力が求められる。その点、寺田氏は細かい指示は出さず、最低限守るべきこと、たとえば前述の客を守るなどは確実に履行させた上で、自分の個性を出すようにさせているという。
寺田氏と話していると、何か(この人と話したい、話を聞いてもらいたい)という吸引力のようなものを感じさせられる。それは30年近くバーを経営してきた人が醸し出す、コミュニケーションしたいと思わせる雰囲気とでも言うべきか。
寺田氏は相手を見て、この人は話をしたがっているのか、あるいは一人にしておいてほしいのかを見極めて客に接しているというが、相手の心にスッと入ってくる部分はプロの為せる業なのかもしれない。筆者がその点を指摘すると「え、そうですか?」と不思議そうに笑ったが、屈託のない笑顔も客に安心感を与えていることは想像に難くない。
