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日本酒×和食でビブグルマン選出。代々木上原『笹吟』が示す、事業承継の「壁」の乗り越え方

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『笹吟』二代目店主、田中颯氏

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1996年、元ソムリエという経歴を持つ成田満氏が、東京・代々木上原に創業した『笹吟』。旬の食材を使う丁寧な料理と日本酒のペアリングで多くの食通を魅了し、『ミシュランガイド東京2021』ではビブグルマンにも選出された名店だ。

そんな名店が2025年、事業承継という大きな節目を迎えた。創業者からバトンを受け取ったのは、株式会社代々木上原の代表・近藤大輔氏と、二代目店主の田中颯氏。歴史ある店の暖簾を継ぐプレッシャーの中、彼らはいかにして店の本質を守り、新たな価値を創造しようとしているのか。事業承継のリアルな道のりと、未来への展望に迫った。

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東京メトロ千代田線、小田急線の代々木上原駅南口を出てすぐの場所に店を構える『笹吟』

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偶然の出会いから始まった、名店再生の物語

事業承継の物語は2024年の7月、近藤氏が株式会社上昇気流に勤めていた時代から付き合いのあった方からの相談で始まった。

「『笹吟』の創業者である成田さんがお店を辞めようと考えている、という話でした。当初はよくある飲食店の造作売買の話かと思いましたが、お会いして『事業承継は考えていないのですか』と尋ねたところ、成田さんから『本当は残したい』という本音が出たんです」

『笹吟』は、日本酒好きの間では有名な存在。近藤氏も「代々木上原の日本酒居酒屋といえば『笹吟』」というイメージを持っていた。だからこそ、単に店を閉じるのではなく、その価値を未来へつなぐ「事業承継」という道を提案したのだ。

しかし、事業承継は器があれば成り立つものではない。最も重要なのは「人」だ。歴史ある店の魂を継承できる人物をどう探すか。近藤氏は、自身のネットワークを駆使した。

「僕は東京農業大学出身で、周りに酒蔵関係の知人が何人かいて。そのうちの一人、奈良の『倉本酒造』の先輩に相談したところ、数珠つなぎで縁がつながったのが、二代目店主となる田中でした。彼も将来自身の店を持ちたいという目標を持って、準備を進めていたタイミング。お互いのプラスになるならと、快く引き受けてくれました」(近藤氏)

2024年11月から田中氏が二代目店主候補として『笹吟』にジョイン。創業者・成田氏の下で店の哲学と実務を学び2025年7月7日、創業29周年のタイミングで正式に二代目店主に就任した。

『笹吟』創業者で初代店主の成田満氏(左)と、二代目店主の田中颯氏(右)(写真提供:『笹吟』)

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「成田イズムの再現」ではなく、「現体制での価値創造」へ

事業承継がゼロからの開業と大きく違うのは、すでに確立されたブランドと、それを愛する常連客の存在だ。そこには特有の難しさがあると近藤氏は語る。

「一番難しいのは、先代が作ってきたものをどこまでどう変えていくか。僕たちも当初は『成田さん時代はこうだったから』と意識していました。しかし、ご本人から『僕がやってきたことは気にしないでいい。僕と同じことなんてできるわけないんだから』という言葉をいただいたんです。さらには『極端な話、日本酒をやめてもいいくらいだ』と。その言葉に、変化を恐れてはいけないのだと気付かされました」

先代の言葉を受け、近藤氏と田中氏は「成田イズムの再現」ではなく、「現体制での価値創造」へと舵を切る。目指すのは、成田氏が築いた本質を核としながら、二代目としての新たな色を加えていくこと。つまり、「成田イズム」から「笹吟イズム」への昇華だ。

店内はオープンスタイルのカウンター席、テーブル席のほか、子ども連れ利用も可能な座敷席もある

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では、『笹吟』が守るべき核とは何か。それは、創業者がソムリエ時代から培ってきた「料理と酒のペアリング思想」にある。

「『文化として、料理に合わせてお酒を選ぶことを広げたい』。これが成田さんの思いでした。そして、日本の美しい四季を料理と日本酒の両方で楽しむこと。居酒屋より少し落ち着いた『大人の空間』で、上質な体験を提供する。この3つは、僕たちが絶対に守るべき『笹吟』の魂だと考えています」(近藤氏)

この核をぶらさず、あとは柔軟に変化させていく。その方針のもと、二代目体制での変革が始まった。

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中森りほ

ライター: 中森りほ

グルメ系ウェブメディアの編集・ライターを経て2017年よりフリーライター&編集者として活躍。『食べログマガジン』『Web LEON』『Numero.jp』などで、グルメや旅記事を執筆中。