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大学中退から月商2,200万円の店を率いるまで。渋谷『ジョウモン』店長の「背中で語る」チーム作り

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仕込んだばかりの串を見つめる真剣な眼差しの岡崎氏

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「何もできない」どん底からのスタート。トッププレイヤーたちから盗んだ接客の極意

入社後、最初に配属されたのは『ジョウモン 吉祥寺店』だった。それまで働いていたチェーン店とは打って変わり、メニューはすべて手作り、もちろんマニュアルなど存在しない。「何もできない」状態から怒涛の日々が始まった。

調理をしながらカウンター越しにお客の空気を読み、一歩踏み込むような接客で場を盛り上げる。「お店には『千住かたすみ』の桶本守さんや『創天 ぷらぷら』の阿部智さんなど、後に独立して繁盛店を出す腕利きの先輩がいらっしゃって。いろんな人の仕事を観察して、真似をして、たくさん怒られながらも、とにかく自分に合っているスタイルを身につけようと手探りでがんばりました」と岡崎氏は語る。

わずか2か月後「何もできない」ままだった岡崎氏は、客層の異なる『てやん亭゛おも家 西麻布店』へ異動。ここでは柳沢社長(当時は統括店長)や現『博多串焼き いっぽん』代表の西田剛氏のもと、接客だけでなく料理のクオリティについても、2年ほど徹底的に鍛え上げられたという。

2013年、六本木『bird酉男man(バードマン)』へ異動。「入社当時2か月ほど面倒をみてくれた智さんの下で働きました。まだまだ実力不足でしたが、2年ほど鍛えられた甲斐あり、褒められることは増えたと思います。メニューを任せていただく機会も多くなりました」と岡崎氏は振り返る。当時、お店のナンバー2だった先輩社員をライバルに見立てて、切磋琢磨しながらさらに2年ほど腕を磨き続けた。

仕込みも接客も、基本は「お客さまに寄り添うこと」と話す岡崎氏

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オープン10日前の大抜擢とプレッシャー。もがき苦しんだ初めての店長職

順調にキャリアを重ねていた岡崎氏に最大の試練が訪れたのは、六本木『MEAT 肉男 MAN(ミートマン)』へ移って半年ほど経ったころだ。2018年7月、渋谷に新店舗『南平台のごりょんさん』がオープンすることになり、店長の立候補制選挙が行われた。岡崎氏は社員の前でスピーチをしたが、長年勤める先輩に僅差で敗れてしまう。

しかし、オープンまでわずか10日というタイミングで事態は急転する。店長就任予定の先輩が接客でトラブルを起こし、それが創業者・会長の岩澤博氏の知人の目に留まってしまったのだ。急遽呼び出された岡崎氏は「代わりに店長やって」と告げられた。

「いよいよきたなと。腹をくくりました」と覚悟を決めた岡崎氏だったが、初めての店長職は想像以上に過酷だった。オープン初日こそ、他店舗のスタープレイヤーたちが応援に訪れて大盛り上がりだったが、日常の営業に戻ると、アルバイトの教育がうまくいかず、プレッシャーから強く当たってしまうこともあった。

「全然ダメな店長だったと思います。やる気が空回りして、少し強い言い方になってしまったり、感情が先走ってしまったり。逆に店長という立場に回ってから、それまでの先輩たちの気持ちも理解できるようになりました」

当時のベイシックスでは月商1,000万円が一つの合格ラインとされていたが、オープン当初は800万円前後でくすぶっていたという。近くにある同じ系列の人気店『ごりょんさん 宮益坂店』には絶対に負けたくないという意地もあった。「最初の1年がめっちゃきつかったです」と岡崎氏は吐露する。それでも逃げずに現場に立ち続け、仲間たちのサポートを受けながら、1年半ほどかけて、ついに目標の月商1,000万円をクリアしたのである。

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佐藤 潮.

ライター: 佐藤 潮.

ミシュラン三つ星店から河原で捕まえた虫の素揚げまで、15年以上いろいろなグルメ記事を制作。酒場系の本を手掛けることも多く、頑固一徹の大将に怒られた経験も豊富だ。現在、Webのディレクターや広告写真の撮影など仕事の幅が広がっているが、やはりグルメ取材が一番楽しいと感じている。