大学中退から月商2,200万円の店を率いるまで。渋谷『ジョウモン』店長の「背中で語る」チーム作り
オープン前の『ジョウモン 渋谷店』には、仕込みに追われるスタッフたちの活気に満ちた声が響いていた。カウンターの中央で、ひときわテキパキと手を動かしているのが、店長の岡崎諒平氏だ。1990年生まれ、今年で36歳を迎える彼は、『てやん亭゛』や『ごりょんさん』など、数々の繁盛店を生み出した株式会社ベイシックスを支えるエースである。
医療の道をドロップアウト。人生を変えた「伝説の居酒屋」での衝撃とは
桃の名産地として知られる福島県桑折町で生まれ育った岡崎氏。もともと飲食の道を志していたわけではない。高校卒業後は埼玉にある医療系の大学に進学し、臨床検査技師を目指していた。病気の診断などに欠かせない検査を行う専門家である。だが、「学ぶことは楽しかったけど、一生の仕事にして良いものかと迷いはじめて……」と岡崎氏。転機となったのは、大学時代に経験したチェーン居酒屋『村さ来』での人生初のアルバイトだった。ホールでの接客が、素直に「とても楽しかった」のだ。
国家試験の勉強そっちのけでアルバイトにのめり込んでいた彼は、大学3年の終わり、親に頭を下げて大学を中退する。そのまま1年ほどアルバイトを続けたが「繁盛店で働いてみたい」という思いから、渋谷の居酒屋を飲み歩くようになった。
『てっぺん 渋谷 男道場』や『三十五段屋』など、今なお居酒屋シーンを牽引するレジェンド店がひしめき合っていた当時の渋谷。その中でもベイシックスが運営する『渋谷 てやん亭゛』を訪れた際、岡崎氏は「ここだ!」と直感したという。
「料理のおいしさ、接客の熱量、それに簡素な入口からは想像できない洗練された雰囲気に心打たれました。現在『北千住fuji』などの代表をしている竹嶋太郎さんが接客してくれて、いろいろとお話を聞かせていただく機会ももらえたんですよ」
面接を担当したのは、現ベイシックス代表の柳沢和哉氏だった。「お会いした時はオーラがすごくて近寄りがたい雰囲気でしたけど、話してみると会話が面白くて。ガチガチに準備して面接に挑みましたが『こんな世間話だけでOKなんだ』と肩を透かされたのは覚えています」と岡崎氏は笑う。まだまだ21歳、憧れのベイシックスでの修業がはじまった。







