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【連載 第3回】ことぶき食品の危機、米国視察で見えてきた「すかいらーく1号店」の原型

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すかいらーくを創業した四兄弟の長兄・横川端氏

■連載記事一覧
【連載 第1回】すかいらーく誕生前夜、激動の時代に生きた創業家四兄弟の戦前・戦後
【連載 第2回】すかいらーく前身「ことぶき食品」の隆盛と流通革命による淘汰の波
【連載 第3回】ことぶき食品の危機、米国視察で見えてきた「すかいらーく1号店」の原型
【連載 第4回】開業の鍵を握った必死のプレゼン。すかいらーく、府中市の麦畑からついに羽ばたく
【連載 第5回】飛び立った「すかいらーく」。巨大企業への道と創業家の撤退、その後の横川四兄弟

日本を代表する外食企業である「すかいらーく」は長野県出身の4人の兄弟、横川端、茅野亮、横川竟、横川紀夫の4氏によって創業された。前身の「ことぶき食品」の設立から、1970年のすかいらーく1号店の誕生まで、横川端氏を中心とした兄弟の知られざる苦労、足跡を追う。

1960年代後半、ことぶき食品は大手スーパーマーケットの進出で危機を迎えていた。状況を打開するヒントを得ようと1967年、横川四兄弟の長男・横川端(ただし)氏と次男の茅野亮(たすく)氏は経営コンサルタントの渥美俊一氏を訪ねた。

経営コンサルタント渥美俊一氏の言葉「来るのが遅すぎた」

渥美氏は一高から東大法学部というエリートコースを歩み、チェーンストア経営専門コンサルティング機関の「日本リテイリングセンター」を主宰。チェーンストア経営の研究団体「ペガサスクラブ」を創設した。その後、日本のチェーン店の多くが渥美氏の影響を受けて大企業に成長を遂げている。

2人がことぶき食品の現状を説明すると渥美氏は開口一番こう言ったという。

「僕の所に来るのが遅すぎた。もっと早く来れば何とかなったのに、これではもう何ともならん」(すかいらーくの遺伝子を探る:田口悟=聞き手)。

そしてこう続けたという。

「ああ、もうおたくはすぐつぶれます。いまのうち全部売払い、郷里へ帰って農業でもしなさい。いまから勉強して、あるべき店づくりをしても間に合いません」(エッセイで綴るわが不思議人生:横川端、文藝春秋社・私家版)。

2010年に鬼籍に入っている渥美氏の真意は知るべくもないが、著書等で「スーパーマーケット時代の到来で従来の小売店はバタバタと潰れる」としていただけに、まさに従来の小売店ことぶき食品の将来は危うく、実際に大手スーパーの攻勢に苦しむ姿を見て、そのように感じたであろうことは想像に難くない。

反発する四兄弟、新規事業に向けペガサスクラブに入会

「茅野も私も『これは辞めた方がいいかな、さらに借金を抱えて潰れたら、この先、真っ暗な道を4人でトボトボ歩かなければいけなくなる』と思いました」。端氏らはそんな思いを胸に兄弟4人の「オーナー会」(実質、取締役会と株主総会の機能を有していると考えてよい)に報告。すると「そんな乱暴な話はない」と三男の横川竟(きわむ)氏と四男の横川紀夫氏が猛反発した。ここで長野に帰ったら借金と、後悔が残るだけである。4人の話し合いは続き、新規事業について検討を続けるとともに、渥美氏のペガサスクラブに入会して新しい事業のヒントを得ることとした。ペガサスクラブは現在も(株)日本リテイリングセンターによって運営されている。1960年代から70年代にかけてメンバーは中内功氏(ダイエー)、伊藤雅俊氏(イトーヨーカ堂)、岡田卓也氏(ジャスコ)ら、後に日本を代表する経営者となる大物が名を連ねていた。

こうして四兄弟がことぶき食品の将来の方針を模索している頃、傾きかけた経営を決定的にする事態が起きた。1968年の西友の国分寺駅前への進出である。この時のことを竟氏は、後年、以下のように振り返っている。

「雑貨だけでなく、得意とする鮮魚や精肉、加工食品まで品ぞろえと価格の両面で西友に負けてしまった。結局、組織の力と資金力で見劣りし、月商120万円だったのが30万円にまで落ち込んでしまった。すぐに諦めた。『これは勝てない』と感覚で分かる。1週間で食品店をすべて閉めると決めた。そのとき実は外食をやるなんて決めていなかった。まずやめることが先決だった」(日経MJ2016年8月5日)。

事態はいよいよ切迫してきた。

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松田 隆

About 松田 隆

青山学院大学大学院法務研究科卒業。スポーツ新聞社に29年余在籍後にフリーランスに。「GPS捜査に関する最高裁大法廷判決の影響」、「台東区のハラール認証取得支援と政教分離問題」等(弁護士ドットコム)のほか、月刊『Voice』(PHP研究所)など雑誌媒体でも執筆。ジャーナリスト松田隆 公式サイト:http://t-matsuda14.com/