三つ星シェフ『カンテサンス』岸田周三さんが学んだこと、目指していること

「山羊乳のババロア」。開業当時からのスペシャリテ(写真提供:カンテサンス)
影響を与えたパスカルの教え
自分たちは駒であり歯車で、その店のやり方に従うものだと思っていました。それがパスカルのところでは全部お前が考えてお前が提案しろと。なぜならお前が毎日その食材を触ってるんだからというんですね。たとえば、旬が来てトマトが甘くなってきたなとか、香りが強くなってきたなとか、そういう細かい違いを気づけるのは担当者であるお前だろう。だから、お前が考えろと言うんですよね」
食材の状態が毎日異なるならば、それに合わせて工程も変えるべきだという考え方が生まれてくるのは自然ななりゆきだ。その代わり、クオリティを維持する責任も伴う。
「工程を毎日変えても構わないというのもとても驚きました。結果的にそのクオリティになりさえすれば、そこまでの工程はシェフのやり方と違ってもかまわないんですよ。ただクオリティが低ければ当然ダメ出しが出て、死ぬほど怒られる。
実際、魚を1年近くやっていると、途中でどんどん変わってきたんです。もっとこうしたらいいんじゃないか、ああしたらいいんじゃないかと。だから毎日変えて提案しました。良かったときは彼はフラットに評価してくれました」
早く出社することを禁止にした理由
修業時代を終えてシェフになると、店の運営に関するすべてのことを基本的には自分で決めていかなくてはならない。それに関して、修業の時期において大切なことは何だろうか。
「修業時代に大切なのは、自分の理想像を考えること。もし自分が店を開くならどういうシェフになりたいかを具体的に考えることです。僕はフランス料理を始めたころからグランメゾンがやりたかったので、グランメゾンに必要な能力って何だろうと考えながら、それに必要な能力を一つひとつ習得していきました。必要なことはたくさんありますが、大事なのは経営者の視点を持つこと。また、チームリーダーとしてスタッフを引っ張っていく能力も大切です。それらは料理とはまた違う能力ですが、その両方ができないと、この32席の規模の店は回せません。僕はそんな能力を最初から持っているわけではなかったので、“行動して、課題を見つけ、改善案の仮説をたてて、結果がどうなったのか検証する”ということを繰り返して身につけました。

『カンテサンス』ダイニング
仕込みが間に合わないと早く出勤してそれを乗り切ろうとするのは、若い料理人なら誰でも一度はやったことがあると思います。その気持ちはとても理解できますが、『カンテサンス』では禁止しています。“仕事が間に合わない”という問題を“労働時間を増やすこと”で間に合わせるのは即効性のある解決方法ではあります。しかし、仕事のボトルネックになっている問題を解決させていないままなので、それは何も成長していないということなんです。
“ハンドスピードが遅いこと”が問題なら速くするトレーニングを積まなくてはなりませんし、“要領が悪いこと”が問題なら正しい計画を立てる習慣を身につけるべきです。そうやって一つひとつ積み上げていくことで一流の料理人になるわけですから、“いつまでもスピードが遅くて要領は悪いままだけど、早く出勤して長時間働けば大丈夫”という考えのままでは、自分の成長を妨げるんです」
