高円寺のベトナム料理『チョップスティックス』、国産米の生麺フォーに賭けた男の意地
差別化を図るために日本米で生麺フォー
茂木社長は日本米の生麺フォーなら日本人客からの支持が得られ、日本のベトナム料理店だけでなく現地ベトナムの店舗との差別化も図れると計算した。それから製麺所にフォー作りを依頼、試行錯誤を繰り返し、半年近くかけて日本米による生麺フォーを完成させた。
実際に食べてみると、うどんに近い食感で香辛料の効いたスープと粘りのある麺の味がマッチ。スープが絡んだ麺だけで楽しめ、合間に上に乗る具材(牛すじ、トマト、パクチーなど)を食べてアクセントをつけられる。具材とスープがピリッとする独特のベトナムの風味で、それに日本米のおいしさが加わるので、日本人に合うのは当然かもしれない。味噌味など、味の濃いおかずとお米のご飯の組み合わせのような相性の良さを感じさせる。
「日本米とベトナム米のフォーの違いは米の特徴がそのまま麺に出ることでしょう。日本米は旨味や香りが強く、粘度もあり食べ応えがありますが、ベトナムの長粒米は軽く、旨味や粘度も少なくそのまま食べるというよりはスープをかけたり、おかずを乗せたりするのに適しています。ベトナムの生麺フォーは『シルクのよう』と表現されるほど軽いのが特徴です。かなり水分が多く、米の香りや旨味、コシがなくて柔らかく、日本の素麺に近い感じです。弊社の生麺フォーは日本米の特徴である米の旨みや香りを生かすことと、もっちりとした食感を出すことでコシのある麺が好きな日本人にも楽しめるように仕上げました」
同社のスタッフの半数はベトナム人とのことであるが、このような日本米生麺フォーを最初に食べた時は例外なく「これはフォーじゃない」と言うそうである。しかし、そうしたスタッフも食べ慣れてくると「こちらの方がおいしい」と変化してくる。「社員がベトナムへ帰省し、日本に戻ってくると『毎日賄いで食べているフォーが一番おいしい』と言っています」と茂木社長。
こうした日本人をターゲットにした戦略は、エスニック料理に関しては経営学的にも筋が通っているように思える。エスニック料理のスタートは通常、移住先の国で飛び地のように存在する移民集団、エスニック・エンクレーヴ(飛び地)が対象であるが、発展するに従ってエンクレーヴ外へと市場を広げていく。
「エスニック・ビジネスは、その発展の初期段階においては、経営者の所属する(移民)エスニック・グループからの需要に支えられて成り立つのが、通例である。…しかし、そのビジネスが成長を続ければ、やがてエンクレーヴ外部の市場へ進出していくことになる。東京のタイ料理店ビジネスは、その典型例である」(エスニック・ビジネスの差別化資源-台湾におけるタイ料理店の競争環境と経営戦略-2015年、市野澤潤平p18-19)
市野澤論文によれば、エスニック・ビジネスはその国の人間がエスニック・エンクレーヴ内で移民を対象にスタートし、やがてエンクレーヴ外にマーケットを広げてビジネスを拡大していくという歩みをとる。とはいえ、『チョップスティックス』は移民ではなく日本人が始めたものであるから、エンクレーヴ内のベトナム人の来店は期待できない。
“それなら最初からエンクレーヴ外部の市場を”というのが茂木社長の考えで、現・宮城学院女子大学教授の市野澤氏の論文を自分に合う形で実現していったと評価できそうである。成功するには成功するだけの理由や裏付けとなる理論があるということであろう。
