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じつは奥が深いドギーバッグ問題。食品ロス対策へ、普及に問われる「社会の成熟性」

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同委員会では「自己責任カード」というカードを作成し、新入会員に交付してきた。「自己責任において持ち帰ります」と書かれたカードを店側に示す人が増えれば、店側もドギーバッグを導入しやすくなる。同時にホームページで、持ち帰る際には清潔な箸を使い、早めに自宅の冷蔵庫で保管するなどの注意を呼びかけるとともに、「あきらめも肝心」と、持ち帰る途中で傷んだ可能性のある料理を廃棄する勇気を持つように呼びかけている。その判断をする、できることが自己責任の本質の部分であろう。

社会の成熟度は店舗と客の信頼関係に通ずる。たとえばビュフェ形式のレストランで導入する場合、食べ切れない量を取って、もう1食、2食分になるぐらい持ち帰ろうと考える人ばかりだとビジネスとして成立させるのは困難。取りすぎてしまって、やむなく少量持ち帰るという意識が多くの人に共有できていれば導入できるし、食品ロスを減らすこともできる。そのような相互の信頼関係に基づくドギーバッグの利用は、自立した大人、社会の成熟性の象徴となりえよう。

最近、回転寿司でシャリ(白米)をすべて残した写真をSNSに投稿する行為が議論を呼んだ。食べ残した物を減らしたい、その手段としてのドギーバッグが導入できないかと多くの人が知恵を絞っている中、故意に食品ロスを生じさせ、なおかつ自慢するように社会に流布する行為は、社会の成熟性とは対極に位置する。

ドギーバッグ普及委員会が配布する「自己責任カード」

ドギーバッグの発想、もう1つの「社会の成熟性」

小林理事長は食品ロスを減らす有効なカードとしてドギーバッグを考えているが、食品ロスをゼロにすることまでは考えていないという。「(農水省が発表した)外食産業から発生する食品ロス119万トンには、食材の売れ残りも含まれています。食べ残しの量を半分の60万トンとすると、持ち帰ることで、まずは10万トン減らせば十分でしょう。いずれ20万トンにと、段階的にやっていくのがいいと思います。60万トンをゼロにしたら食事が楽しくなくなると思います」。

この「ゼロを目指さない」という部分も、同委員会の考えを理解する上で重要である。かつて小学校で苦手な物を食べられない生徒に、給食の時間が終わっても一人だけ残して食べさせるといったことが教育の現場で見られた。「名古屋市の教育委員会では食べられない子には申告させて、最初から少なくするという方法を採っています。そうでないと食事が楽しくありません。食べ残しの問題を環境問題だけで論じると、難しい問題が生じます」。

つまり(食品ロス、食べ残しは悪)という考えが社会の中で肥大化し、食べたくない人に無理に食べさせるという人権侵害の疑いが濃い行為の根拠とされかねないことを危惧し、警鐘を鳴らしているのである。目的が正しいから、そのための行為を他者に強要してまで実現させる行為は、自立した大人、社会の成熟性を意味しない。その点を見誤るなということである。

普及の可否は国民一人一人の意識の問題

同理事長によると、ドギーバッグが生まれたアメリカでは、現在ではその言葉は使われず、ボックスとかバッグと呼ばれているという。ドギーバッグの言葉の成り立ちを考えた時に、すでにアメリカでは(持ち帰ることは恥ずかしいこと)という意識がなくなるほど一般的になったと考えられる。今後、日本でドギーバッグが普及するかどうかは、そうした意識の点を含め、自己責任という概念をベースにした社会の成熟性にかかっていると言っていい。

「委員会の目的に、ごみ問題を解消するとか、食品ロスをゼロにするとかは書いていません。日本の食文化を豊かにするのが最大の目的で、その手段としてのドギーバッグということです。何事も節度が大切です。ドギーバッグの普及のため、普及により、社会の成熟度が高まっていくといいなと思っています」。

ドギーバッグが根付くかどうかは、我々一人一人の意識の問題と言ってよい。

ドギーバッグ普及委員会理事長・小林富雄氏

小林富雄(こばやし・とみお)
1973年、富山県生まれ、農学博士(名古屋大学)、経済学博士(名古屋市立大学)。商社、シンクタンク勤務を経て2017年に愛知工業大学経営学部教授。ドギーバッグ普及委員会理事長。主な著書に「食品ロスの経済学」(2015年、農林統計出版)。食品ロス関係で「クローズアップ現代」(NHK総合)等、メディア出演も多い。

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松田 隆

ライター: 松田 隆

青山学院大学大学院法務研究科卒業。ジャーナリスト。スポーツ新聞社に29年余在籍後にフリーランスに。「GPS捜査に関する最高裁大法廷判決の影響」、「台東区のハラール認証取得支援と政教分離問題」等(弁護士ドットコム)のほか、月刊『Voice』(PHP研究所)など雑誌媒体でも執筆。ニュース&オピニオンサイト「令和電子瓦版」を主宰:https://reiwa-kawaraban.com/