おでん居酒屋『ゑぶり場亭”』、2か月先まで予約で埋まる理由【連載:居酒屋の輪】
全国各地をめぐった感動を居酒屋での感動に落とし込む
旅行が趣味という小木さんの感動ポイントは、全国各地の美味しいものとの出会いだ。
「野毛に来てから仲良くさせていただいている飲食関係者の方々と一緒に、毎年のように福島の会津若松に行くんです。そこで必ず食べるのが『鶴我』という郷土料理店の馬刺し。感動的な美味しさでしたが、もちろん仕入先は分かりませんでした。ある時、たまたま観光した牧場で隣の男性に話しかけたら、その方が実は探し求めていた馬肉を生産する牧場主さんで、特別に仕入れさせていただけることになったんです」
旅先でのドラマチックな出会いを楽しそうに話す小木さん。そうして偶然仕入れられるようになった馬肉だが、食感と旨みがとにかく最高なのだという。「こちらは馬肉のシャトーブリアンとも呼ばれる希少部位『つかみ』を冷凍せずに生のまま、最も欲しいタイミングで生産者さんが送ってくださっています」と小木さん。その感動的な味わいを一層引き出すために、味変用の限定辛味噌を那須高原まで直接出向いて仕入れるこだわりようだ。
二つめの定番メニューが、作りたての自家製豆腐を使用した厚揚げ。豊かな大豆の香りを活かすため、味付けは本枯節の粉と塩だけ。特に塩は全国各地の旅先で収集したものを、納得のいく味になるまでブレンドしたものだ。北は仙台、南は沖縄まで30種類以上の塩が混ざり合った「最強の塩」とのことで、おでん出汁の要にもなっている。
器も旅先で手に入れたものが多く、唐津焼、伊万里焼、九谷焼のほか現代作家のものまで幅広い名品が並ぶ。
「いくら良いものを揃えても、何も言わずに提供していたのでは、お客さまには伝わりません。やはり生産者さんと直接お話しをして、その背景にあるストーリーや気持ちまでをお客さまに届けることが、僕たち飲食店の仕事だと思っています。そのためにスタッフたちも連れて、全国各地を旅行しているんですよ」
ちなみに『ゑぶり場亭”』のコース料金は1万円ほど。お客さんの感動を生むためには素材への妥協は許されず、料理の原価率が50%を超えるものも多いという。利益の大部分を補っているのはアルコールメニューだ。
「日本酒だけでなく焼酎やワインも良いものばかりを取り揃えています。全国の酒蔵などをめぐって、美味しいものを学んで、それを言葉にしてお客さまに楽しんでいただく。その思いを伝えられないと成り立たないのが、こういった小さくて単価の高めな飲食店だと思います。そういった仕組みを、独立開業を目指すスタッフたちにも知ってもらいたいというのが『ゑぶり場亭”』の存在意義でもあるんです」
