坪月商70万円『めから鱗』の店主が“4種の熱源”で挑む「客単価1万円」の壁【居酒屋の輪】
5,500円のコースに秘められた「客単価1万円」への誘導戦略
『並木橋みりん』のメニュー構成は非常にユニークだ。基本となるのは「おまかせ5,500円」のコースのみ。そこに1人前プラス2,000円で名物の「竈ごはん」を追加できるほか、20時以降はアラカルトのみでの注文も可能にしている。実はこの「5,500円」という設定にこそ、田中さんの巧みな計算が隠されている。
「最近の和食店って、コースのみで1万5,000円〜2万円という店が増えていますよね。でも、それだと量が多すぎて最後まで楽しめなかったり、時間がかかりすぎたりする。かといって、アラカルトだけだと注文に迷ってしまう。そこで、前菜、刺身、焼き物など、絶対に食べてほしい品だけをコースにして、あとはお腹の具合に合わせて竈ごはんや追加料理を選べるスタイルにしたんです」
5,500円という入り口は、渋谷という立地を考えればリーズナブルに感じる。このコースの満足度が高いからこそ、追加のアラカルトをはじめ、〆の竈ごはんやこだわりの酒へと手が伸び、無理なく客単価は1万円に着地する。それでも客が「高い」と感じないのは、提供される体験の質が価格を凌駕しているからだ。
「例えば銀座なら1本8,000円するようなノドグロを、うちは6,000円で出せます。トータルで1万円払っても、『銀座で食べたら2万円はするよね』という満足感があれば、お客さまにとっては『安い』ことになる。これが僕らの目指す『価値の転換』です」
その価値を支えるのが、初期投資3,500万円をかけた空間づくりと器へのこだわりだ。店内には、左官職人が手がけた黒漆喰(くろしっくい)の竈が8台鎮座する。1台あたり約50万円、合計数百万円を投じたこの竈は、単なる調理器具ではない。店の本気度を伝えるオブジェであり、新潟「かもはら農園」から届く南魚沼産コシヒカリを最高・最適の状態で炊き上げるための必須アイテムだ。
器も有田焼の作家物を中心に、田中さん自らが選び抜いた逸品ばかり。廃盤になったHOYAのガラス皿をメルカリで探し出すなど、その執念は凄まじい。
「居酒屋の枠を超えるには、空間、器、温度、香り、すべてにストーリーがないといけない。3,500万円という投資は、その覚悟の現れです」
「味の鱗」を剥がし、素材を2倍にも3倍にもおいしくする
店名の『みりん』。調味料の味醂のことかと思いきや、由来は「味の鱗(あじのうろこ=み・りん)」だという。
「『めから鱗』や『3店舗目』の連想でもあるんですが(笑)。素材の持つ個性を丁寧に引き出す、つまり『味の鱗』を一枚一枚剥がしていくような仕事をしたいという思いを込めました」
その言葉通り、田中さんの食材への向き合い方は真摯そのものだ。魚の仕入先は魚真に加え、産地直送の独自のルートを開拓。野菜は福島の八百屋から、その時々で一番おいしいものを仕入れる。ワサビ一本とっても、スタッフの地元の友人が作る静岡の最高級品を取り寄せるなど、人との繋がりを何よりも大切にしている。
「新潟の『かもはら農園』も、実は昔よく遊んでいた仲間が始めた農園なんです。彼が作る米を、高硬度4という鹿児島の超軟水を使って、名古屋の職人が作った竈で炊く。食材一つひとつに、生産者の顔やストーリーがある。それを僕らが料理として表現し、お客さまに伝える。そういうのも『居酒屋の輪』なんだと思います」
オープンから数か月。宣伝はほとんどしていないにも関わらず、口コミだけで予約は埋まりつつある。現在の月商目標は1,000万円。坪月商に換算すれば約77万円という高いハードルだが、田中さんは「半年後には達成できる」と自信をのぞかせる。
「20時以降のアラカルト利用を増やせば、回転率も上がる。何より、一度来てくれたお客さまがリピーターになってくれている手応えがあります」
逆境を跳ね返すのは、奇抜なアイデアではない。
「もっとおいしいものを食べさせたい」「もっと驚かせたい」という、料理人としての純粋な熱量と、それを支える泥臭いまでのこだわりだ。薪の爆ぜる音と香りに包まれながら、田中さんは今日も「味の鱗」と向き合っている。その背中は、これからの居酒屋が進むべき一つの「解」を示しているようだった。
『並木橋みりん』
住所/東京都渋谷区東2-23-8 ふじビル1F
電話番号/03-6427-7090
営業時間/18:00~24:00
定休日/月曜・日曜
坪数・席数/13坪 21席












