飲食業界の#MeToo問題、元女性シェフが受けた心の傷と、15年間セクハラ問題無縁の会社
大手企業総務部で感じた「女性が守られている」実感
Aさんは言葉でセクハラを受けたことはあるが、身体的な接触で悩むことはなかった。ただし、他の女性の料理人が深夜に仕込みをしている時に、同僚のシェフに後ろから抱きつかれたという話は耳にした。
その後、Aさんは転職し大手企業の総務部で働くようになる。そこでは何カ月に1度のペースでセクハラに関する講習があり、通報制度もあった。「飲食業にいる時はそんな講習は1度もありませんでしたし、もちろん会議もありません。大手企業は女性が守られているなと感じました」と、自分のいた世界がじつは特異な世界だったのではという思いを持つに至った。
「今はどうか分かりませんが、飲食の世界も大手企業がやっているように啓蒙してほしいです。飲食の世界では男性が悪気がなくて、無邪気に言っている感じでしたが、『それを不愉快に感じる人もいる』ということが分からないといけません。飲食業界にセクハラが多いのは、食材、料理の勉強は熱心にするものの、セクハラ防止の講習を受けてもお金にならない、コックの仕事に関係ないという意識があるのでしょう。もう、そんな時代ではないことを、会社が従業員に分からせないといけないと思います」。
今回の件で、ある大手の外食企業に取材を申し込んだところ「ウチはセクハラの対策はしっかりしている。しかし、それを明らかにしたところでメリットがないし、逆にイメージダウンにもつながりかねない」と断られた。徐々にではあるが、そうした動きは社会の動きに合わせて変化していることがうかがえる。
15年間セクハラ無縁の理由は「女性の方が強い」?
もっとも、飲食業界はすべてセクハラばかり、というわけではない。匿名を条件に取材に応じた北関東で居酒屋を数軒経営する運営会社の女性社長Bさんは、「私が入社して15年になりますが、ウチに関して言えば従業員の間でセクハラが問題になったことはありません」と言う。その理由について「ウチは板場にも女性が立っているし、焼き鳥も焼いています。仕事については男女が平等で、男女差がありません。女性の方が強くて怒鳴っている子が多いぐらいです。そのあたりが影響しているのかもしれません」と説明する。また従業員に若手が多く、セクハラに対して「許されないこと」という認識を持っている点も指摘する。そのような職場の雰囲気だと女性従業員が客から触られるなどの被害が出ると、代わって男性従業員が料理を運ぶなどして、職場での一体感も出てくるという。
セクハラが日常茶飯事だった職場もあれば、少なくとも15年間、セクハラが問題になったことがない職場もある。正確なデータもない状況で「飲食業界はセクハラが多い」という結論は出すべきではない。あくまでも個々の会社、店舗によって状況は異なるという認識を持つべきである。
最後に問われる個人のモラル、個々の意識の重要性
昨今は社会的な関心も高まり、セクハラに対する認識も変わりつつある。多くの会社で研修などが行われるようになり、被害にあった場合には泣き寝入りすることなく通報できる制度などの整備も進み、予防や被害者への救済が実効性を持つようになってきている。しかし、そうしたシステムの導入は入り口にすぎず、最後に問われるのは個人のモラルではないだろうか。前時代的とも言っていいAさんのような事例をなくし、飲食業界全体をモラルの高い業種にするという、個々の意識が重要なのであろう。