急成長『有楽町かきだ』蛎田一博氏の「ビッグニッチ」戦略。支えた効率化と人間関係
回転寿司と高級寿司店との差別化
④回転寿司と高級寿司店の間のニッチ(すき間)を狙った
こうした視点は、現在の業界の実状を考えれば分かりやすい。回転寿司業界は客単価1,500円程度と言われる。一方で高級寿司店は3万円を超える店舗も珍しくない。1,500円と3万円の間に町の寿司店があるが、大きなすき間となっている部分の需要をカバーできるほどの規模はない。結局、回転寿司と高級寿司店の間には、ニッチと呼ぶのが憚られるようなビッグニッチが存在している。
「回転寿司の世界は、頭のいい人が完璧なシステムを考えて運営しており、とても入り込む余地はないと思いました。逆に客単価3万円、5万円の店には高い技術を持った人がいる。そのジャンルに入っていたら失敗していたでしょう。ならば、その間を狙うのがいいという計算はありました」
ニッチを狙った場合、差別化が問題となる。高級寿司店とは価格で差別化を図れる。回転寿司との差別化において、ひとつはネタの質であり、もうひとつは人間関係。高級寿司店の魅力に「店の大将」とのやり取り、ウエットな人間関係の中で食事を楽しめるという点があり、回転寿司にはそれがない。レーンから配膳された皿を取って口に運ぶだけで、人とのコミュニケーションといえば最後の会計の申し出の時ぐらいである(支払い時はセルフサービスがほとんど)。蛎田氏は自らがカウンターに立ち、積極的に顧客と関わることで、回転寿司にはない人間関係を実現、差別化を図った。
「私は寿司に関する技術は職人に及びませんが、人間関係なら営業で鍛えていますし、その分野に限れば、職人さん並みにやれる自信はありました」
実際に蛎田氏と接するなかで感じるのはコミュニケーションの際のストレスの少なさである。人懐っこい笑顔で初対面でも親しみやすい上、聞かれたポイントに的確に答えるため、会話のキャッチボールがスムーズに行く。写真撮影の際には、取材者の意図を見抜いて望むポーズを取る。人間関係に長け、営業をやらせたら相当な実績を残すであろうという印象は誰しもが持つのではないか。その特性を店舗の経営上最大限に活用したことが差別化の成功に繋がり、ビッグニッチの需要を一気に取り込もうとしている。
こうしてみると、蛎田氏が特別変わったことをしたわけではないことは理解いただけるであろう。もっと言えば、蛎田氏がしたことはビジネスに関わった者なら誰でも気が付くようなことばかりなのかもしれない。しかし、考えても実行に移さない人は永遠に成功者たり得ない。リスクを恐れずに一歩踏み出した者だけが成功の果実を手にできる。考えることと実行することの間には高い壁があり、その壁を超えた者にだけ見える風景がある。
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日本の食文化を海外に
急成長を遂げた『有楽町かきだ』は、今後の展開も壮大である。寿司アカデミーをつくり、素人の方にも寿司を握る技術を伝える。それも短期間で10万円を下回る金額で、寿司を握る一番大事な部分を教える。もっと知りたいという人にはさらに別の技術も教えるように継続できるようにする。これは寿司を手軽に、身近なものとする効果以外に、人材確保に繋げる狙いもある。
人材を求めるのは、今後の海外進出のためでもある。今年前半にはニューヨークとロサンゼルスに店舗を出す予定で、現在、現地での交渉が進んでいる。フランチャイズにするか、直営店にするかなど、詳細は詰めている最中という。
飲食業に携わる人にとって海外進出はひとつの夢。ビジネスを大きく、国際的なものにすることができる。もっとも蛎田氏にとって、ビジネス以外でも文化の輸出という点で海外を目指す気持ちが強くなっているという。
「寿司は日本の素晴らしい文化です。ただ、修業期間が長いなどさまざまな制約があり、海外に展開していくのは簡単ではありません。そうしているうちに、海外では寿司と呼べないような食事を寿司と称し、日本人ではない人たちがビジネスにしています。そうではなく、私はこれが日本の寿司であり、こんなに素晴らしい文化なのだということを知らせたいと思います。日本人として文化を守るという使命感のようなものを最近は考えるようになっています」
時の人は勢いだけでなく、その背後に高い理念を持ち合わせていることは特筆すべきであろう。
『有楽町かきだ』
住所/東京都渋谷区代々木2-2-1小田急ホテルセンチュリーサザンタワー19F
アクセス/JR・京王線・小田急線ほか新宿駅南口から徒歩3分
営業/月~土 11:00-23:00(ラストオーダー22:30)
休日/定休日なし
蛎田一博(かきだ・かずひろ)
広島県出身、34歳。大学卒業後に証券会社、リクルートキャリアで勤務した後に起業。2015年に株式会社ユニポテンシャル代表取締役を設立し、経営・コンサルタントに従事した。2022年7月に『有楽町かきだ』をオープン。2023年7月に現在の新宿に移転した。
