8坪の狭小店ながら月商300万円。三鷹『おでん都』の時代に即した店づくり【連載:居酒屋の輪】
証券会社に就職するも「感謝される仕事がしたい」と飲食業の道に進む
学生時代、調布『よだれ屋』でホール兼洗い場スタッフとして3年ほど経験を積み、卒業後は証券会社に就職した西岡さん。そこで「ギャップに打ちのめされた」ことがきっかけとなり飲食業界の魅力を理解したという。
「証券会社の営業は、けっこう嫌われ者なんですよ(笑)。日々お客さまに可愛がっていただけたアルバイト時代が恋しくなって。やっぱり『ありがとう』と感謝の言葉がもらえる仕事が一番じゃないですか」
元『よだれ屋』の店長で、株式会社エイトの代表として独立を果たした加藤洋平さんの誘いもあり、本格的に飲食の修業を開始。2012年から吉祥寺の日本酒居酒屋『ひまり屋』で調理を含めた基礎を固め、2015年には吉祥寺銘酒立呑『米○(こめまる)』の立ち上げに加わり、店長にも抜擢される。地下階で10坪という狭小店だったが、全47都道府県の銘酒が500円均一で楽しめるとあって、瞬く間に繁盛した。
画像を見る「当時、かなり日本酒の勉強をさせてもらいました。正確な数は覚えていませんが、酒蔵も20軒ほどはめぐったと思います。直接、蔵元さんとお話ができる機会は貴重でしたし、日本酒に対しての意識はかなり変わりましたね」
画像を見る蔵元に敬意を持つがゆえ、『おでん都』ではあえて日本酒を看板に掲げていない。
「日本酒は開栓してからも日持ちしますが、どうしても味わいは変わってしまいます。この客席数では本数を多く揃えても在庫を管理しきれないですから」と、おでんに合わせた少数精鋭の日本酒を揃える。
なかでもイチオシは「松の寿(まつのことぶき)」。通称“マツコト”のおでん専用特別ボトルだ。「とちぎ酒14」という栃木県初のオリジナル酒造好適米で仕込んでおり、冷やでも燗でも常温でも味わい深い食中酒である。
画像を見る「元々、独立志向であることを伝えて『米○』で働いていました」という西岡さん。独立の1年前に退職を申し出たそうだが、そのタイミングがなんとコロナ禍直前の2019年12月であった。
「それでも宣言通り1年後の2020年末に退職しました。コロナ禍の影響で物件探しが進まなかったこともあって、結局『おでん都』のオープン直前まで『ひまり屋』でアルバイトをしていましたが(笑)」
コロナ禍で店舗探しが難航する中、ようやく見つけた条件の良い現在の超狭小店。キャパシティ的に日本酒で勝負することは難しいが「おでんであれば十分に戦える」と感じたそうだ。おでんは約10年『ひまり屋』や『米○』で見聞を広げながら、温め続けてきたネタのひとつ。いくつか業態の構想がある中で、店舗規模に合わせた決断だった。
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