坪月商50万円、目黒『炉端と酒 きいと』は“当たり前”の追求で売上倍増【連載:居酒屋の輪】
目指したのはたくさんの笑顔をつくる料理人
坂上さんが本格的に飲食業の道に進んだのは27歳の頃だった。大学卒業後、医療機器のコンサルティング営業の仕事を経て、海外を1年ほど放浪する中で「二十数か国をめぐり、万国共通だったのは人の笑顔。自分は人が笑っている姿が好きだ」と実感。帰国の直後、久方ぶりの和食のおいしさに感激し、多くの人を笑顔にする料理人を志したのである。
2014年、最初の修業先は当時の「ミシュランガイド東京2015」でビブグルマンとして掲載されたばかりだったという居酒屋『池尻 おわん』。スポンジのように技術を吸収し、1年半後には三軒茶屋の居酒屋『いなせや 本店』に移り、料理長兼店長を任されるまでになる。
運命的なパートナーとの出会いから二人三脚で独立を計画するようになり、創業メンバーを集めるため、仙台と兵庫それぞれの故郷に出戻っていた元同僚の有望株を電話で口説き落としたという。「率直に『今の仕事を辞めて東京に帰ってきてよ』と声をかけてメンバーを集めたのですが、それから開業までに2年ほど時間がかかりまして……」と坂上さんは苦笑いする。
2020年、物件探しに難航する坂上さんを救ったのは、学芸大学『ひとひら』の赤川登希夫氏との出会いだった。当時、開業したばかりの2号店『目黒ひとひら』の店長に抜擢された坂上さん。出会った当初から独立準備中だと伝えていたこともあり「ここの箱で独立するのはどうだ?」という提案を受けた。
内装は恵比寿『福味み』、西荻窪『サイコロ』、自由が丘『おゆげ』など数々の繁盛店を手掛けているA-SWITCH秋本純一氏によるもの。「お客さまやスタッフの笑顔を見渡すことができるオープンキッチン、その真ん中に立ちたい」という坂上さんが考えていた店づくりとも合致していた。「待たせている仲間もいる、やるしかない」と覚悟を決め、『目黒ひとひら』の閉店からわずか10日後、2021年9月10日に『炉端と酒 きいと』をオープンさせた。
損益分岐点売上高に満たなかった1年間
『炉端と酒 きいと』の開業にあたりメニューは一新。日本酒の品種や本数、温度管理の方法を変えたほか、料理の内容も日本酒に合うようブラッシュアップされた。「『目黒 ひとひら』ではドンッと大皿で提供する料理が多かったですが、自分はちょっとずつが嬉しいタイプなので小皿中心の構成にしました」と坂上さん。約2年間、それぞれの場所で力を溜めてきた4人のメンバーが再結集し、意気揚々と営業を開始したが……。
「開業から1年以上も損益分岐点に満たない売上が続きました(笑)。融資を受けた1,000万円が底をつくなど苦しい経営状態でしたね。もちろんコロナ禍の影響もありましたが、『目黒 ひとひら』のお客さまが全く引き継げなかったのも大きかったです。『店の屋号が変わるだけで、お客さまは離れてしまうんだ』と非常に勉強になりました」
月商300万円という厳しい経営状態から1年後、売上は1.5倍に。その後も右肩上がりで業績は伸び、開業から3年が経過した現在は月商650万円を達成するまでになった。
「集客は口コミだけですから、良い噂が伝わっていくのにも時間がかかるものです。お店の予約が良い感じに埋まり始めるまで、1年は必要だと思っていましたので、ある程度は想定通りでした。実際に1年後には、創業メンバーを守ることができるだけの売上は確保したんですよ」
オープンからの1年間、厳しい経営状況の中で坂上さんが資金を投じたのは、広告などではなく、器や箸といった細かなものだった。
「より良いものを増やせば、それを気に入ってくださるお客さまも増え、それがリピーターやご紹介につながる、これも当たり前のことだと考えています。なんだかんだと器だけでも200万円ぐらいは買い集めていますが……」
世田谷にある工房「四季火土」による陶器を中心に、さつま焼きや京焼といった各地の名品を揃えた坂上さん。素朴ながらも趣のある器は、主役の魚を引き立て、食欲までも刺激する。
魚の小骨を避けつつ繊細な身をつまむのに最適な竹箸は「かっぱ橋の専門店で最も先が細かったもの」である。この箸があればこそ「魚の口を下に向けて内臓の臭みを落としながら炙り、素材から上がる蒸気でふっくらとした食感に仕上がる」という原始焼きの魅力を、しっかり感じることができるのだ。
