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月商は200万円あれば十分。久我山『おいっちゃ』がワンオペ営業で目指す理想【連載:居酒屋の輪】

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店頭に掲げられた提灯は小林淳さんと『じゅん粋』の常連客からの贈られた宝物だ

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お客さまとのコミュニケーションは永遠に飽きることがない

2018年の年末、野沢さんは若手が十分に育ったのを見届け、節目のタイミングで『じゅん粋』を退いた。

「たまたま翌年4月から近所にあった『吉祥寺FUJI STORE』が休業することになり、そこで期間限定のお店を開くことになりました。『今の自分が何をできるのか。どうやってお客さまを楽しまることができるのか』といったことを淳さんに相談したら『色々と試してみたら良いんじゃない?』と応援してくれて。仕入れた魚を並べて、お客さまのご要望次第で何でも作るアットホームな店を開くことにしたんです」

店名は父親の口癖という山口県の方言から『おいっちゃ』と命名。客単価は『じゅん粋』よりもかなり高い設定にしたが、それでも年配のお客を中心に愛される名店に育った。

「団体客よりもお一人でふらっとお越しになるお客さまが多くて。カウンター越しの会話が何より楽しかったんです。次第に、料理についてご要望を聞くだけでなく『こういう料理を試してみたい』と、こちらが提案できるような関係性になりました。実験的な料理のご感想も『これは面白い』とか『今回はイマイチ』と本音でいただけるのが嬉しいんですよ。そういうコミュニケーションって『じゅん粋』のような繁盛店では、なかなかできないじゃないですか」

4日かけ極限まで水分や塩分を抜き旨味を凝縮した「北海道 筋子 醤油漬け」

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もともと期間が決められていた吉祥寺『おいっちゃ』は約1年で営業終了。その経験の中で思い描いた理想的な日常から、逆算して作り上げていったのが現在の久我山『おいっちゃ』だ。

「独立前から色々と飲食店のアイデアは溜めていましたが、それらを詰め込んだ業態って、恐らく自分の体力的に長く続けるのが難しいんです。プライベートでの自分の理想は、趣味のゴルフに月1〜2回くらい行けて、好きなものが食べられる環境でした。それってスタッフを雇わないワンオペであれば、月商200万円で十分に達成できるんですよ」

7,000円のコース料理で客単価は約1万円の想定。1日平均8人の予約が入り、25日間営業すれば月商200万円になる計算だ。

「やはりお客さまを楽しませるためには良い食材を使いたいじゃないですか。一般的な飲食店であれば原価25%計算。例えば100円で購入した素材を400円の価値にして提供する訳です。しかし1,750円の素材で7000円のコースを組み立てても、お客さまの満足度を向上させるのは難しいもの。ワンオペで人件費がなければ、原価率が40〜50%でも十分な利益を残せます。そういった計算から導き出した答えが、現在の『おいっちゃ』なんです」

客層を想定したキャラクターものの九谷焼コレクション。ランニングコストの心配が少ないからこそ値が張る器にも柔軟に投資できる

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困難を乗り越えた末にたどり着いたのは理想を超えた最高の居酒屋

久我山『おいっちゃ』のオープンは、2020年4月7日。奇しくも東京で初めて緊急事態宣言が発出された日となった。

「創業から全く人と触れ合うことができない日が続きました。そこで原価率60%以上かけて5,000円のデリバリーメニューを作ったんです。ご注文を受けたら、白い割烹着を来て自分が依頼先まで直接出向いて。お品書きを出し、何段も引き出しのあるケースから冷たい刺身を取り出す。外食ができない厳しい期間だったからこそ、料理ごとの温度管理まで徹底しました。多くのお客さまに楽しんでいただけたようで、口コミを中心に評判が広がったんです」

逆境のなかでも経営を軌道に乗せることができたのは「淳さんから学んだ人間力があったからこそ」と振り返る。

予約客を楽しませるため空間にゆとりを持たせた店内。その奥には見覚えるある絵が……

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日々さまざまなことを探求し、試行錯誤を重ね、変化の余地がなくなれば段々と興味が薄れるという野沢さんだが、いくつか例外がある。料理の創作、お客さまとのコミュニーケーション、そしてゴルフ漫画の名作『風の大地』だ。

「日本一の『風の大地』ファンだと自負しています。今でも毎晩欠かさずに繰り返し愛読しているほどですから。店のオープン後しばらくして、その噂を聞きつけた作画担当のかざま先生がご来店されたんです。先生には『君、ちょっと普通じゃないね』と言われました(笑)」

かざま鋭二氏の厚意により、愛読書のオールスターが壁一面に描かれることになった。

テーブル席の壁画は愛読書のゴルフ漫画『風の大地』。故・かざま鋭二氏の直筆だ

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「自分は事業を拡大するよりも、理想に向かって目標を達成していく方が素晴らしいことだと考えています。考え方が変わりやすい性格なので未来のことは分かりませんが。今のところお店を大きくしたいとか、店舗を増やしたいということは一切考えていません。こうして理想的な環境に身をおいたからには、続けていくこと、それが何よりも大切なんです」

理想の居酒屋を追い求めた先で、野沢さんの想像を遥かに超える最高の店に仕上がった『おいっちゃ』。2022年10月2日、膵臓ガンのためこの世を去ったかざま鋭二氏も、天国からその行く末を見守り続けていることだろう。

『おいっちゃ(oiccha)』
住所/東京都杉並区久我山5-7-9 久我山ハウジング1F
電話番号/090-8719-3283
営業時間/17:00〜23:00(前日までの予約制)
定休日/木曜
席数/23席
https://www.instagram.com/oiccha/

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佐藤 潮.

ライター: 佐藤 潮.

ミシュラン三つ星店から河原で捕まえた虫の素揚げまで、15年以上いろいろなグルメ記事を制作。酒場系の本を手掛けることも多く、頑固一徹の大将に怒られた経験も豊富だ。現在、Webのディレクターや広告写真の撮影など仕事の幅が広がっているが、やはりグルメ取材が一番楽しいと感じている。